令和のご時世、何かと話題になる皇室。敬宮殿下を皇太子に!と声高に叫んでいる人をよく見ます。
そんな皇位継承問題、実は平安時代に現代と似たようなことが2度あったそうでで。
後冷泉天皇と後一条天皇の先例


上が後一条天皇、下が後冷泉天皇の家系図。どちらも弟である後朱雀天皇と後三条天皇の方に系譜が引かれてるのが分かるかと。
つまり、これはおふた方は後の世に血を残せず、皇統が弟の方へ移動したことを物語っています。
ちなみに後一条天皇にはご息女として2人の皇女がおられました。しかし、お二人が天皇として即位されることはありませんでした。
今上陛下に皇位を継ぐべき男子がおられず、皇嗣殿下にはご子息がおられる現代とよく似ていませんか?
皇位継承が可能な男子が入れば、女性より優先されてきたのがこの国の歴史なのです。
そもそも直系長子ではなかった皇位継承
敬宮殿下を皇太子に〜と言ってる方々は「直系継承」に拘っている様子。実は日本はフランスのカペー朝みたく、直系には拘っていません。寧ろ「皇室」を存続させるためなら傍系での皇位継承だろうがガンガンやってきたのです。今上陛下の直系祖先であらせられる光格天皇、伏見宮家から迎え入れられた後花園天皇等、傍系から践祚された方は割といらっしゃるという事実。近代でも直系継承をやってきたのは光格天皇から今上陛下までの短い間だけ。
直系「長子」に限るなら昭和天皇から今上陛下までの間だけなんです。更に短け〜〜
..と最後ちょっと調子乗りましたが、皇位継承問題も無事に解決されると良いですね。以上です





